2008年8月19日 (火)
2008年8月18日 (月)
2008年8月17日 (日)
残暑厳しき折から・・・
今日の雨の予報は何処へやら、残暑が厳しい。何処も彼処もカラカラで、アップアップの状態が続いている。雨が欲しい。
こんな日和でも季節の歩みは正確で、落柿窯の珊瑚樹の実が赤く色づいてきた。周りの田圃の稲の株も太くなっている。アヒル農法の田圃では働くアヒルの姿が見えない程になった。
夜、まだ喧しいカエルの声に混じって秋の虫の音も次第に大きくなっている。
人間にはまだまだ夏模様だが、自然は秋に入ったように見える。
今年も沢山の実を付けているから賑やかである。
カラカラ天気にもかかわらず水は豊富で清流が田圃を潤しているから、このあたりの米は美味いと評判なのだろう。水の恵みは無限だ。
稲もぐんぐん大きくなっている。
雨が欲しい。
さて、今日は主の調子も戻った。午前中、女子マラソンをテレビ観戦したが、北京の街中に思いの外緑が多いのに驚いた。この緑が少しは大気汚染がら街を守っているのかも知れない。
午後、暑い中、工房で少し遊んだ。今日の成果は手捻りの茶碗と宝瓶。
精進あるのみだ。
お茶好きの主にとっては、宝瓶作りは楽しい。悩みは一つ。余り目が良くないので穴を穿つのが苦手なことだ。
2008年8月16日 (土)
徳利も追加
今日、主は一日中ダウン状態だ。昨夜、いつも使っている薬を間違えた。あってはならないミスで、命取りになるところであった。
すぐに、かかりつけの病院に電話して当直のお医者さんの指示を受けながら乗り切ったが、悪くすると救急車のお世話になりかねない状況だった。
もう少しで盆で帰ってきていた仏さんと一緒に逝くところであった。暑さの所為でぼんやりしていたとはいえ、笑えない事実である。心せねばならない。
さて、話は変わるが、一昨日、茶碗と一緒に徳利も「備前落柿窯作品集」に追加したのでご覧頂きたい。
窖窯には珍しい榎木肌が出た徳利である。
酒を入れるも良し、カリカリに凍らせて冷えた焼酎を入れるも良し、はたまた、野の花を一輪入れるも良し・・・で使い方は使う人の自由だ。
備前は窯から出た瞬間から作者の意を離れて一人歩きを始める自由度の高い焼き物である。
2008年8月15日 (金)
2008年8月14日 (木)
備前の茶碗
このところ主の作品を紹介した「備前落柿窯作品集」に作品を追加していなかったので今日は備前の茶碗を追加することにしたのでここでも紹介しようと思う。
細かい土で成形しているから肌合いが滑らかである。口辺部には全体に胡麻。胴は赤みががった焦茶色。胴の真ん中あたりに太めの胴締めがある。
胴から高台脇にかけて次第に色合いが変化しているから、高台の色の薄さが気にならない。
いつものことながら、高台の削りは拙い。
土が細かいので茶筅の痛みも心配は無いようだ。
主は茶碗が好きだから良く作るが、未だ満足なものは出来ない。
精進あるのみだ。
2008年8月13日 (水)
お盆
今日から月遅れの盆に入った。月遅れと言っても盆は8月と相場が決まっているから、7月の盆の方が違和感がある。
それはさておき、主は帰宅後、早速墓参りに行った。先日の掃除の時は静かだった墓が、今日はいっぱいの花に囲まれ、線香の煙が立ちこめて、賑やかである。
主も菊を供え、線香に火をつけ、灯籠にロウソクを灯した。落柿窯の墓は二十数年前、それまで乱立していた先祖の墓石を整理し供養塔を建てた。
五輪塔は上から空・風・火・水・地を表す五つの石を組み合わせて宇宙の五大要素を表現していると言われている。仏教の宇宙観が表現されているのであろう。
主が一人暮らしになってからは、盂蘭盆会の行事はほとんどしなくなったが、子供の頃は、精霊棚を設えていろんなお供えをした。特に子供達が中心で作ったお供えは、胡瓜で馬を作り、茄子で牛を作った。これは先祖の霊が馬に乗って早く帰って来るように、あちらに戻るときは牛に乗ってゆっくりと行くようにとの願いを表現したものだ。
主は、夕方庭先で迎え火を焚いた。いつもは一人暮らしで静かな我が家も、今夜から3日間はご先祖様がお帰りになったから賑やかである。
香好きの主は、普段から仏壇に線香は欠かさないが、特にこの3日間は、主の在宅中は線香を焚き続けることになりそうだ。
2008年8月12日 (火)
達磨の形
達磨大師は言うまでもなく、禅宗の開祖とされるインドの高僧であるが、後に中国に渡り禅宗を開いた。
達磨のイメージはすべからく座禅を組んだ姿に代表される。
主は、この達磨の姿をイメージしながら湯呑みを良く作る。尻が張り、どっしりとしら姿か好きだ。
尻が張り、どっしりとしている。酸化焼成で抜けも緋襷も良くでている。
この湯呑みにはどういう訳か耳とおぼしきものが一つ付いている。
達磨大師の言葉に「開一花五葉」(いっかごようをひらく)というのがあるが、この意味は、一つの花が実を結んで増えていくように後に発展していくことを言う。
この言葉のように停滞気味の備前が、もっと花開いて欲しいものだ。
この湯呑みは、主のお気に入りでありることもさることながら、飲み口に小さな傷があるため表に出すことが出来ないから、ことあるごとに主が楽しんで使っている。
2008年8月11日 (月)
2008年8月10日 (日)
今日の仕事
今日は東からの涼風(?)が吹いていたが、気温が高く涼しいと言うにはためらわれる相変わらずの真夏日。それでも今日の空は青く澄んで、空だけ見ると秋を感じるから、自然はやはり正確である。
葉の緑が濃く、日陰の様子から日射しの強さがわかるから夏模様には違いないが、上空は秋の気配だ。
煙突の向こうに、湧き上がる入道雲さえ見えなかったら、秋の空に違い無い。
夕方、夕陽を反射して上空の雲が美しい。その中に半月が浮かぶのもまた風情がある。
雲が切れて、夜、輝く月が見えるけれど、月を愛でるにはまだちと早い様だ。
西の山に陽が沈んだ直後、こんな夕焼けが見られる季節になったのは、いくら暑くても季節は確実に秋に向かって進んでいる証でもあろう。
さて、今日の主の仕事は、宿題をかたづけてた後、宝瓶を一つ作った。
昨日、近所に里帰りしている娘さんが手練りで作った湯呑み、ぐい呑み、飯茶碗を仕上げた。
これで何とか使えると思う。
これでよいかどうかはわからないが、以前のものもこんな形だった様に思う。
希望通りか否かは、焼き上がるまでわからない。
酒を止められている人から、酒をなめる為にと、小さくて浅い坏を作って欲しいと頼まれたので、希望通り小さくて浅い坏を挽いた。
本当になめる程の容量しかない。そうまでして酒を飲まなくてもいいのにと思うが、酒呑みには酒呑みの哲学があるのであろう。
後のことは知らないよ。
これらの他に、今日は一つだけ自分の仕事をした。
何度作っても宝瓶は難しい。上手く使えるかどうかは、窯から出てくるまではわからない。
そうこうしている内に8月も3分の1が過ぎた。
暑さの耐えて秋風を持とう。
2008年8月 9日 (土)
墓掃除
盂蘭盆を控えて、今朝は6時頃から墓掃除に行ってきた。猛暑の日中には息苦しい程になるから、身体を動かす仕事は早朝に済ませるしかない。
今朝も既に何人も掃除に来ていたから、みんな思いは同じなのだろう。30分ほどで掃除は終わったが、それでも汗だくになってしまった。
午前中、郷土の高校が甲子園に登場したのでテレビで観戦。この高校は星野監督(ジャパン)の出身校だから、今日の勝利はオリンピックの野球にも弾みになろう。
そうこうしていると、近所の里帰りしている娘さんが子連れで遊びに来た。子供と一緒に土捻りを楽しんで帰ったが、久しぶりの土の感触が嬉しそうである。関東の都会では出来ない経験の様だ。
子供の頃の経験が生きている作品である。
高台削りは主の仕事になったが、彼女にとってはしばしの息抜きになったようで何よりである。
夕方、先日、墓参りに来た大阪の親類から頼まれた花器を轆轤挽きした。
細工は水気が飛んでからになるから、この週末はこの仕事にかかることになる。
それにしても、暑すぎる。とても日本の気候では無い。
2008年8月 8日 (金)
茶室の朝顔
盛夏になると、茶室に朝顔を活けたくなる。それは、たぶん朝顔の持つ清涼感と共に、利休と秀吉にまつわる朝顔の話が鮮烈であるからだろう。
ある時、利休邸の朝顔が見事に咲いていると聞いた秀吉が、朝顔を愛でるために利休邸に行くことになった。利休は支度を調えて秀吉の到着を待った。まもなくやってきた秀吉は庭に朝顔の花が全く無いことに気づき激怒する。利休は落ち着いて秀吉を茶室に案内すると、茶室の床に瑞々しい朝顔が一輪活けられているのを見て思わず息を呑んだと言う。
利休は茶室の床に一輪の朝顔を活け、その他の花は全て摘み取ってしまった。それによって朝顔の美しさが一点に凝縮された美の極致を演出したのである。
主は、この有名な話に影響されて、夏になると必ず朝顔の軸を掛けることにしている。(本来なら、生きた朝顔を活けたいところだが・・・)
猛暑の中で一服の清涼感を味わうことが出来る。
少しでも利休の精神(こころ)に近づきたいと思う。
そうそう、今夜は北京オリンピックの開会式だ。2008年8月8日午後8時開幕。中国らしいこだわりだが、主は開会式には全く興味がない。
2008年8月 7日 (木)
秋立つ日
「秋きぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる」(古今集169)藤原敏行
毎年立秋にはこの歌が定番であるが、今年もまた、この歌を使わせていただいた。
今朝の夜明けは、このところ決まっていた朝曇りもなく、すっきりと爽やかであった。
立秋の声を聞くと昨日までの猛暑が嘘のように爽やかな朝になるのが不思議だが、確か昨年も同じような夜明けであった様に思う。
しかし、昼間は相変わらずの猛暑である。天気予報に寄れば、この暑さは9月まで続くと言うから決して油断できない。
それでも、やはり立秋ともなると蝉の声はヒグラシに変わるし、そのうちツクツクボウシも鳴き始める。朝夕はやや涼しくもなるし、日の出は遅く、日の入りは早くなる。季節の巡りは正確で人の力の及ぶところではない。
落柿窯の周辺で秋を感じるものはないかと探してみたら、畑の柚子がこんなに大きくなっていた。
ついこの間まで小さな実だったのに、もうピンポン球ほどになっている。猛暑の中でも自然の営みは力強い。
今日、帰宅してみると、遠くからアヒルとおぼしき声がするではないか。急いで行ってみると、いたいた。少し小さめのアヒルが20羽ほど田圃の中を元気に泳ぎ回っている。やっとアヒルのお目見えである。
「アヒル農法」の主役の登場だ。
これから、朝夕、アヒルに逢えるのが楽しみになった。
さて、今日は旧の七夕。しかし、大気の状態が不安定なため曇っていて星は見えない。
子供の頃は、七夕と言えば旧の七夕を祝っていた。朝露で墨をすり、短冊にしたためて笹に飾った。次の日、その笹を横の川に流した。それが許された良い時代であったように思う。今はもう遠い思い出でしかないが・・・。
2008年8月 6日 (水)
2008年8月 5日 (火)
吹き抜ける風のように、流れる雲のように・・・
昔、「浮浪雲」(はぐれぐも)という漫画があった。流れる雲のように自由に生きる問屋場の主人がその主人公であったように思う。
若い頃の主は、常々こんな生き方をしたいと思っていたから、余り漫画が得意でない主も時々読んでいた。
今もこの思いは消えていない。
主の生き方の底には、常に「荘子」があるから、この生き方に余計共感が持てたのだろう。
主が職を辞する日まで8ヶ月を切った。若い頃の主は、こんなに長く生きられるとは思っていなかっただけに、これからの残された人生を、「吹き抜ける風の様に」、「流れる雲のように」自由に生きていきたいと思う。
主の思いを知ってか知らずか、旅立った娘が香炉に彫り込んでくれた風の化身。
表には主の好きな山と月が彫ってある。
この猛暑に、主の体調は不安があるが、それでも吹き抜ける風を感じながら秋風を待つことにしよう。
2008年8月 4日 (月)
歯抜け爺の嘆き
今日、猛暑日の中をお寺さんが盂蘭盆の棚経に来られた。この寺は檀家さんが多いから、棚経の日割りがされており、落柿窯は、今日がその日にあたっていたため仕事をお休みした。
お寺にはお坊さんが一人しかいないので、檀家全てを一人で回られる。お勤めとはいえ、この時期の檀家周りは重労働である。熱中症にならないことを願わずにはいられない。
主は午後から抜歯のため歯医者に行った。主の歯は既に相当痛んでおり、今日の抜歯で生きている歯がますますす少なくなってしまった。歯抜け爺の誕生というところだ。
これで、当分食事に苦労することになる。今夜も、おかゆにパンプキンスープ、それに冷や奴。どれも噛まなくても良いものばかり。これからが思いやられる。
今夜はもう何をする気も起こらない。気分直しに美味い茶を一服飲んで早く休むことにした。
自作の夏茶碗に粉引の菊花鉢。菓子は水ようかん、それに輪島の刀に朱のスプーンを添えた。刀だけでは水ようかんは食べにくいからね。
夏茶碗は片身変わりだ。豪快な胡麻垂れと緋襷。
これで気分を直して早く寝よう。
2008年8月 3日 (日)
女流陶芸家
今日は、いつもの3人娘(3女は欠席)が先週の削りに来たので、一緒に親しい女流陶芸家を訪ねた。若い彼女は、独立してこの春2度目の窯を焚いたと聞き、その作品を見せて頂きに伺った次第。
酸化焼成の素敵な作品が並んでいる。轆轤挽き有り、型形成有りで、形も色合いも変化に富んで楽しい。作品は、どれも女流らしく優しい。昨年の初窯も良い出来であったが、今回もきっちりと焼き上がって好感が持てる。
美しいビールカップだ。かりっと焼けていて、その上、女流らしい細やかさが見て取れる。
今、備前は難しい時代を迎えているが、それに負けずに頑張って欲しい。
この若い女流陶芸家は「泉 裕理」という。
さて、今日の2人娘の仕事は先週の湯呑みの削り。
削りカンナの使い方も慣れて来た様だ。今では、主は全く手を出すことがない。
次女は、シッタの上に乗せて削った。こうすると歪んだ湯呑みでも削ることが出来る。
ただ、どういう訳か轆轤を逆回転で削っているのには驚いたが、本人は逆回転の方がいいらしい。器用だね。
主はと言えば、今朝、義兄の仏壇用に小さめの花器を挽いた。
ちょっと変化を持たす為に胴の下の方を少しカットしてある。その上で小さな耳を付けた。
たぶん、焼成後は仏壇に入る大きさになるはずだ。
夕方、蒸し暑さが残る中、窯の周辺を歩いた。
葉月に入って窯の横を流れる小さな川面にさざ波が立つようになった。
そういえば、もうすぐ立秋である。
2008年8月 2日 (土)
夏には心太を・・・
今朝、夏雲りの中、夏草を刈った。いつもの畦道、畑、柿の木の周りなど、先日刈ったばかりなのにもう伸びている。特に畑はサツマイモが何処にあるのかもわからないほどの伸びよう。
既に終わりかけていた胡瓜を始末し、邪魔になるズッキーニも始末した。これで少しはサツマイモの所在がわかるようになった。
6時から1時間半ほどだが、朝の涼しさの中でも汗だくのになってしまう。
朝食前に初めたが、終わってからも食欲が無い。仕方ないので冷蔵庫で冷たく冷やしておいた頂き物の心太を出してきて食った。それにスイカ。これが今朝の朝食である。
夏はガラス器の方が涼しげ似見えるが、黒い備前に入れてもそんなに違和感は無い。やはり備前は万能である、
それにしてもこの暑さは何とかならないものか。
2008年8月 1日 (金)
奇跡の果物
岡山には美味い果物は色々あるが、その中でも奇跡と言って良い果物は「清水白桃」であろう。こんなに上品で、繊細で、とろける美味さがあり、触ると壊れそうな果物は他に類を見ない。実際、清水白桃をむやみに触ると痛みが激しくなるから、触って熟れ具合を確かめることなどとんでも無いことだ。
いつかニュースで見た気がするが、そんな清水白桃をグルメの本場フランスでPRしたことがあるらしい、そのときのフランス人の反応は、その美味さに驚いたと言うが、同時にその値段にも驚いたのでは無いかと思う。
清水白桃は、まさに宝石のような果物である。
まるで赤ちゃんの肌のように繊細で、皮の表面全体にビロードの様な産毛が生えている。
食べ頃は、手でこの薄皮がスーと向ける頃だ。
自作の備前叩き皿にのせると、その繊細さがよくわかる。
さて、食べ頃を計るのが難しい。待つ楽しみを味わっている。
2008年7月31日 (木)
葡萄の味
このところ連日やってくる雷雨のおかげで日中の熱が冷やされ、朝がしのぎ易くなった。今朝も土用の朝曇りのおかげで涼しい。それでも太陽が顔を出すと一気に気温が高くなる。
太陽はずいぶん高くなっているが、朝曇りのおかげでさほど暑さは感じない。しかし、この直後、太陽が顔を出すと焼け付く暑さにかわり、クマゼミが一斉に鳴き始める。
昨日、立派な葡萄(ニューピオーネ)を頂いた。この葡萄は最近大流行で、スーパーの売り場で見ると結構な値段が付いているから、自分では購入することが無い。
一日、冷蔵庫で冷やしたら、いかにも涼しげで美味そうである。
主が学生の頃、親類の葡萄農家にアルバイトにい行っていたことを思い出した。あの頃はこんな葡萄は無く、ほとんどキャンベルアーリーという種類であった。甘酸っぱくて葡萄らしい葡萄だ。今はもうほとんど見かけることがなくなったが、主の一番好きな葡萄である。
自作の備前の皿に載せた。
この後一人で美味しく頂いたのは言うまでもない。
2008年7月30日 (水)
碗を削る
昨夜轆轤挽きした碗を削った。遠くから雷鳴が聞こえてくるが、今夜は雨はない。
暑い暑いと行っていても、気が付けば7月も明日で終わり。同時に主の任期も後8ヶ月である。
乾きが均一ではなく少々削りにくかったが、何とか仕上げることが出来た。
こんなに高温の日が続くと、ちょっとした不注意でカンナの刃が立たなくなるから、仕事を持っている主としては、削りのタイミングを計るのが難しい。
今夜は、先日購入したGRⅡで緋襷のぐい呑みを接写してみた。
鮮明な描写に驚いている、GRレンズの威力はさすがに評判通りである様だ。ただ、オートフォーカスの性能の所為か、ピントが合うまで時間がかかる。
今まで使ってきた、これからも使うコンパクトデジカメと比べると描写力は格段に上だ。さすがレンズで売っているカメラだけのことはある。
今夜は、GRⅡの力を再認識した。やはり単焦点のカメラはいいね。
ちなみにこれはいつものカメラ。同じようにストロボを使用した。
この写真も悪くは無いが・・・。
2008年7月29日 (火)
碗の形ー続き
今日も夕方から雷雨。落柿窯の周りでは恵みの雨だが、あちこちで深刻な被害を出している。
それにしても、この雷雨はなんだ。本来なら、この時期の雷は、ほとんどが熱雷でスコールのような雨が雷鳴と共に来るのだが、今ではほとんどが界雷。寒冷前線がもたらす雷だ。それも歯止めがきかない程激しい。まるで今の社会を反映しているかのようにゼロか百かの有様である。
人の心が次第にすさんで来たばかりか、自然界までもがおかしくなって来た。
今、何とかしなければ人も自然も駄目になりそうな気がする。今こそ、みんなでちょっと立ち止まって考えてみる時が来ていると思う。
そんな中、今夜は遠くで光る雷光を窓の外に見ながら先日来の碗を挽いた。今日の碗は少し大きめ。
先日の碗がすっぽりと入る大きさにした。
今日は雷雨のおかげでエアコンなしで轆轤が挽けた。いつもなら、暑くてエアコンなしでは集中して轆轤挽きなど、とてもできるものではないが、今夜は27度程で快適である。
今夜も差し板1枚分の仕事。最近これ以上は集中出来ない。
2008年7月28日 (月)
雷雨のあと
ほぼ10日ぶりの雷雨になった。この間、一滴の雨も降らなかったから庭木も畑の野菜も悲鳴を上げていた。
今日の雷雨は文字通り恵みの雨である。
丁度、終業時間と重なったため、しばらく豪雨をやり過ごしてから帰宅の途に付いた。
夕陽が落ちる頃になって、ようやく雲が切れ、合間から夕陽が顔を出した。
絵のような風景に思わずカメラを向けた。
今夜は涼しい。むせかえるような暑さが解消した。結構激しい雷雨であったが、久々の雨にみんな嬉しそうであるのが印象的である。
自然の恵みに感謝。
自然の偉大さに畏敬の念を禁じ得ない。
帰宅早々、皿一杯に盛られたスイカが届いた。
皿の緋襷と赤を競う様なスイカ。一口サイズにカットして、すぐに食べられる状態にしてある。
このお皿は、どこか見覚えがあると思ったら、以前、主が制作したものだった。
懐かしい皿に盛られたスイカは2倍の美味さである。
2008年7月27日 (日)
雲は湧き 光溢れて・・・
今日、大分で最高気温が39度を記録したと言う。気象台の百葉箱は芝生の上で風通しも良いところだから、町中の気温は記録よりも相当高いはず。エアコンの無いところでは命に関わることにもなりかねない。
昨年も日本の最高気温を更新したが、この勢いだと今年もわからない。何とか事故のないことを祈る。
今日は朝から焼け付く暑さ。青空に入道雲が湧き、光輝く・・・高校野球の詩そのものだ。
典型的な夏空が広がっている。青空の中、雲が白く輝き黒い山とのコントラストが美しい風景だが、日向ではめまいをするほどの暑さ。
夕立が欲しい。
昨日から恒例の土用干しのため堀の水が止まった。
今日、所用で外出していたが、午後、帰宅して見ると昨夜の碗の乾燥が思いの外進んで、仕上げが出来るギリギリの状態になっていた。
少し小さめだが両の手で受けるとすっぽりと入る。
シンプル イズ ベストの碗の形になったかどうかは、焼成後に判断したいと思う。
2008年7月26日 (土)
猛暑日の陶芸教室
一滴の雨も降らない猛暑が続いている中、いつもの三人娘が陶芸にやって来た。主はこの暑さにいささか参っているが、三人娘はさすがに若いだけあって、この猛暑をもろともせず轆轤に集中している。若さはいいね。羨ましい限りだが、主の身体は動かない。
今日は、長女と次女が轆轤で湯呑みを挽いて、三女はいつもの手作りである。
この暑さの中で陶芸をするには相当体力を必要とするから、さすがにエアコンは欠かせない。しかし、風があたるとせっかくの作品が歪む恐れがある。直接風があたらない様に十分注意が必要だ。
「柏葉のダブル皿」。「一枚はコースターに、もう一枚は銘々皿に」、とのアイデアの様だ。面白い発想である。素人恐るべし・・・だ。
丸い方に飲み物をのせ、四角い方に菓子やつまみをのせるらしい。
自分が使いたい皿をデザインしたようだから、たぶん、好きな酒とつまみがのるのであろう。
長女と次女の作品はどちらも轆轤挽きの湯呑みだから仕上げが終わってからアップしたいと思う。
それにしても、猛暑に中での陶芸は色々と大変であるが、主は今日も若さを少しだけ頂いた気がする。
2008年7月25日 (金)
山へ行け・・・
「山へ行け、君が其の憂鬱の全てをばリュックサックにいれて・・・」。これは大正時代の登山家「大島亮吉」著作集に出てくる言葉だ。
若い頃の主は、都会では住み難い青年であったから、暇さえあれば足繁く山に通っていた。当時、主と一緒に山に入っていた仲間に、「おまえは山に入ると人が変わる」と言われていたから、都会では巨大なストレスに押しつぶされそうになっていたのであろう。
ストレスを感じる度に山に入っていたのだから、近郊の山を入れると年間90日近くを山で過ごしていた時期もある。当然財布の中はいつも空っぽ。給料日にはコインがポケットの中に数枚転がっていた。
主は、「大島亮吉」の言葉のように、憂鬱をリュックにいっぱい詰め込んで山に運び、帰りには爽やかな山の空気でリュックを満たした。この繰り返しのおかげで、今までストレスに耐えて来られたのだと思う。
大島亮吉も前穂高北尾根四峰で滑落死した。
この山には四季を問わず数え切れないほど通った。いつ登っても良い山である。
雪と岩の殿堂と言われるだけあって雪も良し岩も良しで楽しい山である。眺めても登っても良い山はそれほど多くはない。剣岳はその№1と言える。
時にはこんなに優しい稜線も楽しいし、足下に咲く高嶺の花にも癒される。(白馬大池の向こうに浅間連邦)。
真の人の優しさにも触れることが出来るのも山の魅力だろう。
雨模様のあいにくの天候も、霧に浮かぶお花畑の美しさにしばし足を止めた。(白馬大池付近のお花畑)
「山を想えば人恋し、人を想えば山恋し」。
人を想い、山を想い、これからの人生が送れたらどんなにか幸せであろう。
2008年7月24日 (木)
猛暑日の予感
今日は土用の丑の日。土用の丑の日にウナギを食べる習慣が出来たのは、江戸時代、平賀源内が知り合いのウナギ屋に頼まれてウナギ販売用に作ったコピーが大当たりして以来と言われてる。
今日はウナギ屋にいくら電話しても繋がらなかったから、大繁盛だったのであろう。
なるほど、こんなに暑い日が続くとさすがに夏バテしてしまうから、夏バテ予防には栄養豊富なウナギは最適かも知れない。
そんなことより、この連日の猛暑日は何とかならないものか。今朝も陽が昇るまではいわゆる「土用の朝曇り」だったが、土用の朝曇りは猛暑を予感させることでもある。案の定、今日も猛暑日になった。夕立が欲しい。
雲が切れて、今にも太陽が顔を出す直前の風景。外を散歩出来るのはこの時間まで。陽が昇ると外は生命に危険が及ぶ気温になる。
やむ終えず外に出るときは準備万端怠りなきよう願いたい。
2008年7月23日 (水)
2008年7月22日 (火)
大暑
今日は大暑。その名に違わず猛暑が続いている。今年は梅雨の頃から雨が少なく、水不足が心配されるが、今のところニュースになっていないから、まだ大丈夫なのであろう。
落柿窯の周辺の田圃の稲もしっかりと株を張り、色も濃く上々のできに見える。
夕方、陽が落ちる頃になっても暑さは弱まることがない。周囲を水田に囲まれている落柿窯でさえこの状態だから、コンクリートジャングルの中ではいかばかりかと同情を禁じ得ない。
一面緑の絨毯の様な美しい田園風景もこの暑さには勝ち目がない。
こんな日は、涼しげな茶で涼をとるのが一番と、今夜は名水点てにした。夏茶碗に涼しげな水饅頭を添えると一気に夏の茶である。
古唐津の刷毛目の夏茶碗と有田のサギの銘々皿。水饅頭に朱塗りのスプーンを添えて。
名水は湧き水ならぬ我が家のアルカリイオン水。茶はいつもの松昔(濃茶)。
今夜も美味しく頂いた。
2008年7月21日 (月)
2008,7,21 夏花
今日は、落柿窯に可愛い来訪者があった。10年ほど前まで岡山に住んでいて、落柿窯の畑の世話をしていたご夫婦が愛娘を連れて10年ぶりに訪問してくれた。
早速、娘と共に畑へ。
子供の背丈ほどに伸びた夏草の中から、宝探しのように赤や黄色のミニトマトを収穫する。
蝶やカマキリ バッタなどの虫も平気。カマキリを手づかみしている。
夫婦も、10年前の風景と変わりない景色に懐かしそうである。
当時は良く管理してくれていたのでこんなに草はひどくなかったが・・・。
収穫後、愛娘のリクエストで皿作りに挑戦。
小学校3年生の彼女は思いがけず陶芸の才能があるようで、細かいところにその片鱗を見せている。
親の手助けもほとんど無しで8寸の八角皿を仕上げた。
特に自分でデザインした八角と格子模様の櫛目が生きている。
初めての挑戦とは思えない出来映えに主も脱帽である。
皿の裏に自ら 「2008,7,21 夏花」 と記した。。
2008年7月20日 (日)
出番を待つ
松割木が良く乾いている。4月始めに購入した時は生に近い状態だったが、3ヶ月経って丁度手頃な乾き具合になった。
落柿窯に入ってくる松割木は上質なものでは無いから、入ったときは木肌が白い。それが3ヶ月経って飴色になってきた。
この状態がベストである。これからもっと乾燥が進むと次第に油分が抜けて黒ずんでくる。
今、窯が焚ければ一番良いが、この猛暑の中では体力が持たない。
プロの作家さんの中には、真夏に窯を焚く人もいるが、主には不可能である。
素地の出来具合と諸般の事情との兼ね合いで、今の予想では11月になってしまいそうだ。それまで割木が力を保っていてくれることを期待しよう。
それにしても半端でない猛暑が今日も続いている。主は朝の掃除の後、完全にダウンした。
今日は掃除の日
今朝、7時前から地域のゴミ拾い。続いてお宮の掃除。今日は立て続けに2カ所の掃除をしてきた。猛暑の中の掃除は結構辛いものがあるが、どうにか倒れることもなく終えた。
それにしても夏の掃除は勘弁してほしいところである。何とかもっと気候が良いときに企画してもらえないかと思う。
お宮の掃除は秋祭りの前にの前にするのは恒例であるが、今回の掃除は地域割りで回ってくる行事だから季節が選べない。自分たちのお宮だから、まあ、仕方ないか・・・。
このお宮は、竹、楠と銀杏の大木に囲まれているので日陰になって少しはしのぎやすかったが、それでもこの時期の掃除は厳しい。
本殿の上には楠の大木。もう一本、竹藪の中に市内でナンバー2の楠の大木がある。
このお宮は無住だから地域住民で大切に守っている。
2008年7月19日 (土)
夕立
「雷に おへそ押さえて 子らは逃げ」
暑い日、夕方近くなって突然の夕立になったが、期待するほどの雨にならない。仕方ないので母屋の横を流れる小さな用水路(堀)から水中ポンプで水を上げることにした。
それに先だって、今日は午前中、いつものシルバーさん達に草取りをお願いした。猛暑の中、母屋の周辺、工房と窯の建屋の周りの草を全て取って頂いた。おかげで、今年も盆が迎えられる。感謝である。
すっから夏草に覆われていた母屋も綺麗になった。青いホースはポンプアップのホースだ。
夕立と合わせてカラカラの庭が次第に潤ってきた。これで木々も少しは元気を取り戻してくれることと思う。
猛暑の中でも茶室の前で咲く桔梗とノウゼンカズラだけは元気である。
この白い花は、一服の涼を提供してくれるから嬉しい。
最近の夏の暑さは異常であるから、相当な覚悟で臨まねば到底乗り切れそうにない。
今また雷が鳴り出した。雨よ、降れ降れ、もっと降れ。






















































