« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »

2006年11月30日 (木)

小春日和

 今日は久しぶりの青空が広がった。小春日和というには風が冷たいが、それでも日差しは暖かい。

 旧暦の10月、晩秋から初冬にかけてのこの時期に、たまに春を思わせる暖かい日がある。日本人はこんな日を「小春日和」と呼ぶ。

 自然とともに生きてきた日本人ならではの言葉かと思っていたら、海の向こうでも同じ意味の言葉があった。アメリカでは「インディアンサマー」と呼び、ドイツでは「老婦人の夏」という。面白いのは、どちらの国も良い季節として夏を引用していることだ。緯度の高い国ならではであろう。

 いづれにしても、人間の感情は万国共通なのだということがよくわかる、、

 それはさておき、先日、行きつけの茶道具の店で、お気に入りの古萩写しの茶碗を手に入れた。高価なものでないが結構気に入っている。

Photo 古萩写し銘「冬空」。

今の季節にぴったりの茶碗である。胴はふくよかに張り、明らかに江戸前期に楽焼の影響を受けたことを感じさせる。 

炉の季節、この茶碗でおおいに茶を楽しみたい。

| | コメント (0)

2006年11月29日 (水)

炉の季節

 炉の季節になった。旧暦の10月1日以降、炉の季節に入る。炉の季節には、夏の風炉と違って備前焼が良く似合う。特に茶入れ、水指が良い。

 夏には涼しさを演出するために口の広い水指が使われることが多いが、炉の季節になると、反対に重厚なものが好まれる。特に備前の置き水指は、その姿形から茶室の主役となる。

 他方、備前の運び水指は、軽快感の中にも落ち着きが感じられ、その暖かさと相まってこちらも茶室の主役である。

 拙い落柿窯の水指で二つの違いを見て欲しい。

_187 落柿窯作置き水指。置き水指とは、大降りの水指であり、水を入れて運ぶのが困難であるため、あらかじめ茶席に設えておく水指を言う。

_188 落柿窯作細水指。細身の水指であり、もっぱら水を入れた状態で亭主が客の前で茶席に運び込んで使う水指である。

いずれも、夏には暑苦しいが炉の季節になると良く填る。

 落柿窯の主は、炉の季節になると備前の水指と阿弥陀堂釜を好んで使っている。

| | コメント (0)

2006年11月28日 (火)

移り行く季節の中で

 今日のタイトルはどこかでよく聞く言葉。晩秋から初冬にかけて引きこもりながら季節を感じていた。

 今年くらい雨の少なかった秋も珍しい。暖かかったが、昼と夜の寒暖の差もあり、乾燥していたこともあって今年の干し柿は出来が良い。落柿窯の畑の出来もすこぶる良い。毎年出来の良くないほうれん草も今年は格別である。

 初冬に入り冷え込みが増してきた途端、紅葉が一気に進んだ。落柿窯の庭も紅葉が赤く染まり、山茶花が次々に花を付け、すっかり初冬のたたずまいになった。そろそろ茶室に炉の設えをしよう。

 何も出来ずにいた半月がたち、ゆっくりと作陶を始めている。気持ちはあせるが、まあのんびりやろう。

今夜の工房の様子はこんなもの。

_185 今日仕上げた花器をイメージした鉢。40センチ程ある。

_186 昨シーズンから入れた薪ストーブ。鋳物製なので暖かさが柔らかい。小さなストーブだが10坪ほどの工房にはこれで十分だ。

これから次第に寒さが増す中でのんびりと季節を楽しみたい。

| | コメント (2)

2006年11月27日 (月)

初冬

 今回の目の怪我とパソコンのダウンで引きこもっていた間に季節はずいぶん進んだように思う。彼方此方の紅葉の名所では今が盛りのようだ。

 備前焼の瓦が美しい国宝閑谷学校の楷の木も、きっと見事な紅葉であろう。今日は美しい楷の木の紅葉をお見せしたかったが、パソコンに画像がうまく取り込めない。今まで順調に更新していたブログがここにきて停滞するかもしれない。 

 それにしても、文明の利器はなんともろいものか。それに支えられている現代文明のもろさを思わずにはいられない。そればかりでなく最近では民主主義のもろさも露呈している。こちらの方はもっと恐ろしい。

 われわれはパソコンを点検整備するように現代の危うい社会を絶えず点検することが求められる。

 かく言う落柿窯の主は引きこもって、永遠なる焼き物を作るのみであるが。

Img_2 悪戦苦闘の末、池○さんの協力を得て画像を入れた。

これが閑谷の楷の木の紅葉である。向かって右の木が黄色、左が真っ赤に紅葉する。是非本物をご覧いただきたい。必見であろう。

| | コメント (1)

2006年11月26日 (日)

復活

 今日パソコンが復活した。主の目もこの間にほぼ回復した。このブログを愛読していただいている多くの方にご心配をおかけしたことをお詫びしたい。

 復活したパソコンは初期化されてしまいデータがすべて飛んだ。バックアップを怠っていたせいですべての立ち上げに苦労している。このブログだけは一番に立ち上げたが、写真の取り込みもセキュリティーの設定もできていない。これから等分悪戦苦闘の日々になる。

 陶芸はしばらく手付かずであったが、昨日から轆轤に向かい、どんぶり鉢を10程仕上げた。こちらも少しずつではあるが進めていくことになる。

 今回の怪我でまた多くのことを教えられた。この経験が主の身につけば幸いである。それにしても、還暦を前にして改めてわが身の未熟さを痛感した。

| | コメント (0)

2006年11月 9日 (木)

治療2日目

 今日はまたまた暑いほどの日差しだった。寒暖の差が大きい。紅葉が進む条件の一つ。 

 主の状態は、痛みが少し柔らいだくらいであまり変わらない。不自由な生活を強いられている。その上、周りに迷惑のかけ通しである。早く良くなるように養生するしかない。

 今日は、そろそろ見頃を迎える閑谷学校の紅葉をアップして終わる。

Img_0003 有名な櫂の木の真っ赤な紅葉。バックは国宝の講堂。

講堂の瓦は備前焼である。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年11月 8日 (水)

大失敗

 主の不注意で大切な目を負傷した。大失敗である。当分不自由な状態が続く。参った。早く回復するように養生するしかない。

今日はお気に入りの紅葉の写真をアップして終わる。

Img_0001_1

この紅葉を備前に取り込むのが夢である。

| | コメント (3)

2006年11月 7日 (火)

木枯らしの立冬

 立冬の声を聞いた途端、木枯らしがやってきた。数日前までの暖かさはいったい何だったのか。これがこの時期本来の気候のはずなのに、暖かさに慣れた身体は急な寒さについて行けない。

 それにしても暦は正確である。暦は、自然とともに生活してきた人間が生み出したすばらしい財産だ。人間の英知に万歳。

 これで遅れていた紅葉も一気に進むことを期待しよう。

 今夜は寒さの中で頼まれていた擂り鉢を仕上げた。

_498w640 擂り鉢は落柿窯の主が永遠のテーマにしている形だが、今回作った擂り鉢は実用のもので少し雰囲気が違っている。それでも今回挑戦した擂り鉢も良い勉強になった。

今夜も一足先に美しい紅葉の写真を紹介する。

Img_0007 これは京都高雄高神護寺の紅葉。

高雄から清滝川を嵯峨野まで下る山道の両側の山肌の紅葉は見事というほかはない。奥嵯峨にある平野屋さんの軒にかかる真っ赤な紅葉と緋毛氈の敷かれた床几が印象的であったのを思いだす。

| | コメント (1)

2006年11月 6日 (月)

お気に入りの皿

 久しぶりに通り雨があった。恵の雨である。晴天続きでからからの毎日に畑の野菜たちもちょっと元気がなかったが、これで一息ついただろう。この雨を境にして明日から平年の気温に戻るようだ。

 そろそろ寒くならないと今年の紅葉が心配になる。かつて足繁く通った京都の紅葉の写真を眺めながら、今年こそはと思う今日このごろ。

Img_0004_1 錦織りなす紅葉。

京都西山粟生光明寺の紅葉である。紅葉のトンネルを抜ける時、全てが紅に染まる。

これほど鮮やかではないが、ここに落柿窯の主がお気に入りの淡い紅葉を思わせる皿がある。もちろん落柿窯の作。

_497w640 この皿は36センチの大皿。この皿に何を盛ろうかと考えるが、いつもためらってしまう。それほどのお気に入りの皿なのである。

| | コメント (0)

2006年11月 5日 (日)

新蕎麦の季節

 乾燥した晴天が続く晩秋。新蕎麦の季節である。このあたりでは、蕎麦の栽培はされていない。県北西部では栽培が盛んなようだ。蕎麦打ちを観光の目玉に据えている所もある。

 落柿窯の主は大の蕎麦好きであるが、なかなか美味い蕎麦に巡り会えないでいる。

 それでも蕎麦用の皿や蕎麦猪口は作っている。

_495w640 これは九寸ほどの皿。備前は適度に水分を吸ってくれるので「せいろ」や「ざる」の代わりに使うと良い。またパスタ皿として使っても洒落ている。

Img_0002落柿窯の「麺食いセット」。

輪花鉢にたっぷりと麺を盛り、各自が好きなだけ蕎麦猪口で食う。家族団欒や仲間との麺パーティーに使うと楽しい。

麺は蕎麦、うどん、素麺、つけ麺など何でも良く季節を問わない。みんなでつつくと会話も弾むだろう。

 備前の器は使い方自由。工夫して大いに楽しんでほしいものだ。

| | コメント (0)

2006年11月 4日 (土)

晩秋の一日

 今朝はこの秋一番の冷え込みだったけれど、日中は汗ばむほどの暖かさだった。久しぶりに友人が家族連れで来てくれた。

 昨年の夏、陶板に子供の手形を取り、今年春の窯で焼いておいたのを取りに来た。上手く焼けて喜んでもらって何よりである。

 落柿窯で焼いた子供の手形はこれで4枚目だ。子供のあどけなさと両親の愛情を感じる手形。幼い日の思い出の一つにしてもらえればうれしい。

 この秋は晴天の日々が続いている。空の碧に柿の色が映える。

_488w640 鈴なりの落柿窯の柿。今日のお客さんのも差し上げた。これから初冬の空気の中でますます甘く、大きくなる。

樹で熟した柿はまるでゼリーのようになる。滅多に口に出来ないが、今年は期待出来そうだ。

_493w640 柿の木の下でツワブキが花をつけている。暑いほどの日差しでも、初冬に咲くツワブキに自然の確かさを感じることが出来る。

ツワブキは掛け花生けに生けても良く映える。こんな花をイメージしながら花器を作るのもまた一興である。

_489w640 昨日仕上げた掛け花生け。

茶花の好きな落柿窯の主にとっては花をイメージしながら花生けを作る時が楽しい時間となるが、なかなか思い通りにはいかない。

 

| | コメント (0)

2006年11月 3日 (金)

掛け花生け

 ここ20年足らずの間に日本の住宅事情は劇的に変化した。いわゆる床の間のある日本建築が姿を消し、変わって、マンションや洋風の家が増えた。その結果、備前の花生けは行き場を失ってしまった。備前で花生けを制作している者にとっては由々しき事態である。

 今の生活様式や住宅事情に適する花生けは何か。作家は皆、苦しみながらも新しい造形を生み出している。

 しかしながら、新しい造形を生み出すことは並たいていではない。そこで、従来からある形で今の生活の中に生かせる物は何か。考えてみると、掛け花生けに行き当たる。

 これなら床の間はいらない。玄関に下駄箱もいらない。ただ柱か壁さえあればよい。

 実際、掛け花生けは日本の茶室ばかりではなく、ヨーロッパでも古くから使われている。今の日本の住宅において最も使いやすい花生けであろう。

 ある人は二階に上がる階段の壁に掛けているし、またある人は殺風景なトイレの壁を飾っている。

 形もいろいろで楽しい。

_272w640_1 これは落柿窯の旅枕形。長い物、蹲る形、瓢、竹等あらゆる形が生まれている。

 使う場所それぞれに、それぞれの形を選び花を選ぶのは使う人のセンスの問題である

_249w640 竹一重切花生け。これも裏に金具がついており、掛け花生けとしても使えるように工夫されている。

_308w640 瓢形の掛け花生け。首に蔓をかけて使うととても良い風情となる。

 掛け花生けは一輪の野の花が良く似合う。

 生活の中でもっと使ってほしい花生けである。

| | コメント (0)

2006年11月 2日 (木)

工房の風景

 今日は落柿窯の工房を紹介しよう。本当は工房と言うよりも作業場と言った方が合っている。いつも埃だらけ、泥だらけの中で仕事をしているだらしない落柿窯の主は、「ぴかぴかの工房よりもこの方が落ち着く」と負け惜しみを言いながら制作の日々をおくっている。

_482w640 これは最新の電動ロクロ。静かで力が強い。足が悪く、ロクロ座に座れない姉のために設置した。姉は今、親しい仲間と陶芸教室を楽しんでいる。

ターンテーブルは大物にも対応出来るように40センチをセットした。

_484w640 このロクロは最初からのもの。力が強く、大物制作用に使用している。フリーの回転が便利である。

_485w640 30センチのターンテーブルをセットしているロクロ。もっぱら小物製作に使用する。一番良く使っている。ロクロ座の下は、高台の削りかすの土ですぐ一杯になる。その都度掻き出すが、これがなかなかめんどうである。

ロクロの上は今夜引いた40センチの花器。明日、掛け花入れに仕上げる予定だ。

_483w640 最後は土練機。これも最初からのもの。良く活躍してくれる。体力に自身のない主の強い味方である。この土練機は真空式ではなく常圧式。

工房は今や仕事の場所か憩いの場所かわからないほど、お茶からコーヒーからおやつから何でも揃っている。とにかくみんなが気楽に集まれる場所である。

| | コメント (0)

2006年11月 1日 (水)

霜月

 今日から霜月。それに合わせたかのように、今朝は少し冷えた。毎朝通る小さな山越えの途中にある池で、今朝、この秋初めて水蒸気が立ち、霧のように流れていた。暖かい日々が続いているが、季節は確実に進んでいる。

 今日は毎月通院している病院の診察日だった。もう30年以上病院から離れられずにいる。おかげで何とか今も生きている。

 病院のすぐ横に岡山城がある。この城は天守の羽目板が黒く塗られているため、白い姫路城が「白鷺城」と呼ばれるのに対し、「烏城」または天守にそびえる金の鯱にちなんで「金烏城」と呼ばれている。残念ながらこの城は戦災のため消失し、今の姿は昭和30年代になって再建されたもので、もちろん鉄筋コンクリート造りである。

_479w640 病院の駐車場から望む烏城。今日の日中は暑いくらの日和だった。  

今夜は昨日の鉢を仕上げた。体調と年齢のため思うようにはかどらないが、それでも、何とか仕事は続いている。

_480w640 仕上げた鉢と昨夜のドングリの花器。

鉢の周囲を透かしてみた。果物鉢くらいにはなるだろう。

_481w640 今夜新しく引いた細い花器。明日仕上げる。こんな状態で細々と制作しているが、来年3月までには窯に火を入れたいと思っている。

| | コメント (0)

« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »