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2006年8月31日 (木)

鑑賞のポイントー桟切り

 数日前から夏の空気と秋の空気がせめぎあっていたが、今日は秋の空気が勝ったようで、昨日までと違って随分涼しくなった。やっと秋が実感できる。

 鑑賞のポイント第3回目は桟切りを取り上げる。備前では「桟切りに始まり、桟切りに終わる」といわれるほど代表的な焼けである。桟切りは割り木の炭が器膚に付着し、その部分が強還元になることにより、その部分がいろいろな色合いに変化したものを言う。備前以外の他の焼き物ではこんな変化をすることはない。大きく言えば窯変だが、備前ではこれくらいの変化は当たり前、窯変とは言わない。備前で窯変と呼ぶ焼けは昨日紹介したものだけである。古くは自然につく桟切りのみであったが、現在では人工的に桟切りを出す技術が確立している。

 桟切りの作品を見て参考にしてほしい。

_211w640 友人の若宮窯作「桟切り花入れ」

この花入れを見てもらえば桟切りがどんな色合いなのかが良くわかると思う。

_212w640 上の写真と表裏だが、こちらが表か?

膚の中央部分に下から上に炎が吹き上がった後が金化してついている。

_213w640 これも若宮窯の作。「耳付き立ち壷」もう20年以上梅酒をつけたままの状態で置いてあるので、器膚がねっとりと変化している。中の梅酒はもちろん琥珀色に熟成しているが、舐めるほどにしか残っていない。

桟切り焼けは強還元の部分で表れるため、酸化焼成する落柿窯ではなかなか出ない。

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2006年8月30日 (水)

鑑賞のポイントー窯変(ようへん)

 備前焼の焼成の醍醐味は窯変(ようへん)にある。一般には窯変とは釉薬が窯の中で思いがけない変化をすることを言うが、釉薬をかけない備前焼は明らかにそれとは意味合いを異にする。

 備前で言う窯変は、長時間焼かれることにより作品が灰に埋もれ、その結果強還元状態になり、まったく違う膚合いに変化することを言う。それは「桟切り」とも「胡麻」とも「緋襷」とも異なる。「百聞は一見にしかず」拙い物だが落柿窯の作品を見ていただけば納得できると思う。

_202w640 「窯変花入れ」

焚口のすぐ下に寝かせて置く事により灰に埋もれてっ強還元状態になり、まるで釉薬をかけたかのように器膚が変化する。その上、高温のため積もった胡麻が溶けて流れている。

_203w640 焚口から割り木が投げ込まれるので割れることも多く、作品はおのずと高価になる。しかし備前以外ではこのような窯変を。焼くことができない。裏側は一面灰に覆われている。活ける花によって表、裏どちらでも正面におくことができるのも魅力だ。

_204w640 「窯変旅枕花入れ」

昔の旅人が旅をするときに携行した旅枕に似ていることからこの名がある。

窯変部分とそれ以外の部分がバランスよく出ている。花が活けやすい花入れだ。

_205w640 「窯変大徳利」

中心に丸いボタ抜けがあり、そこで支えられていたことがわかる。上からの力で変形することが多いが、幸いこの徳利はゆがみがない。

_206w640 「窯変一輪」

この作品は20数年前、友人の窯で初めて焼いてもらった思い出深いもの。初めての作品は今ではこれ一つが残っているだけになった。窯変が見事なので運よくゴミにならずにすんだようだ。

 いずれにせよ、好き嫌いはあるものの、備前の窯変は特異な存在として君臨している。

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2006年8月29日 (火)

鑑賞のポイントー人形=木偶(でこ)の場合

 今日は備前の木偶(でこ)を鑑賞するポイントを取り上げたい。備前の「でこ」は精緻で写実的なものから、デホルメした抽象的なものまでいろいろだがそれぞれに見事である。最近は手間のかかる「でこ」を作る作家がめっきり減ってしまったが、それでもなお頑張っている若い作家がいることはうれしい限りだ。

 備前の「でこ」の代表はなんと言っても「布袋」である。布袋の形は多様だがそのポイントは笑顔にある。

_201w640 これは木南知加選作「布袋香炉」。

この香炉を題材に布袋の見方を紹介しよう。布袋の笑顔の魅力はそのおおらかさにあるが、笑顔が本物かどうかを見極めることはなかなか難しい。見極めるポイントはこうだ。まず口を隠して目が笑っているかどうか。次に目を隠して口が笑っているかどうかを見極める。この両方が笑っている作品は多いようで意外に少ない。両方が笑っていないと布袋のおおらかな笑いの雰囲気が出ない。

_200w640 この布袋の笑いはどうですか。本物の笑顔ですか。それとも嘘笑いですか。あなたの目で見極めてほしい。

 この布袋香炉は落柿窯でずっと使っているので口や目、耳も周りには多くのヤニがつき随分表情が変化している。膚合いも趣か深くなっている。

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2006年8月28日 (月)

備前の器ー菓子器

 備前の器にはいろいろな用途があるが、中でも菓子器の人気は高い。高価な和菓子でも袋入りの駄菓子でも種類を選ぶことはない。落柿窯では6寸から7寸程度の菓子器をよく作る。落柿窯で日常使っている菓子器のいくつかを紹介しよう。

_198w640 この菓子器」は緋襷が鮮やかな少し深めの鉢。縁は約7寸、深さは2寸ほど。深いのでシチューなども入る多様鉢だ。こんな駄菓子を入れても賑やかに映える。

_196w640  5寸を少し越える輪花鉢。穴窯特有の明るい焼成。蓬の焼き餅を入れてみた。少人数のお客ならこの大きさの菓子器で十分まかなえる。おかきやあられ、かりんとうなどを入れてもよいだろう。

_194w640 6寸超の円形菓子器。少し還元焼成になっており、他のものと比べて渋い焼成。縁全体に見事な胡麻が上品にかかる。菓子器以外に煮物を入れてもよく似合う。これも多様鉢。

_197w640 最後は変形菓子器。これも6寸を少し越える。見込みは3つボタで美しい胡麻がかかる。一番菓子器らしい菓子器。落柿窯ではこの菓子器の出番が一番多い。上品な菓子器なので特に高価な和菓子が良く似合うが、今日はブルーベリーパイで我慢していただきたい。

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2006年8月27日 (日)

本物を見る目

 今まさに世の中は空前の骨董ブームだ。「何でも鑑定団」というテレビ番組の影響も大きいが、テレビを見ても本物を見る目がいかに要求されているかが良くわかる。一般には物を見るとき、作品じたいよりも作者に影響されることが多い。したがって偽物をつかむことにもなりかねない。それでは本物を見る目を養うにはどうすればよいか。それは本物をたくさん見ることに尽きる。それ以外は方法がない。美術館、博物館に足繁く通うことだ。

 大阪中ノ島に「東洋陶磁美術館」がある。この近くではここが本物を見るにはもっとも良い場所だと思う。ここでは中国、朝鮮の古陶を多く見ることができる。国宝や重要文化財に指定されている本物を目の前で見ることができるとても良い勉強の場所だ。是非行ってみることをお勧めする。岡山の美術館、博物館も同様である。

_024w640 この皿は今春、岡山の親くしている茶道具のお店で目についた物。作者に加藤唐九郎とあった。織部釉のかかった堂々とした作品。今まで加藤唐九郎のこんな織部の作品は見たことがなかったので写真に撮らせてもらった。

当然値段は高級外車並みであった。

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2006年8月26日 (土)

名残の野菜ー夏の終りに

 近くに住む叔母さんから自家栽培の夏野菜をいただいた。朝取りなのでとても新鮮。スーパーに並んでいるように器量良しではない。きゅうりは丸く歪む。これが自然。

_191w640 いただいた野菜たち。備前の輪花鉢に入れてみた。

きゅうり、ナス、オクラ。どれも瑞々しく輝いている。これで今夜のメニューは決まった。

 例年なら、落柿窯でも夏野菜を作るのだが、いつも夏草の勢いに負けてしまい、秋野菜の種蒔き準備に苦労するので、今年はちょっと休息した。

_192w640 現在の畑の状況。秋野菜の種蒔きまで土を休ませている。9月に入ると有機石灰を入れ、たっふりの鶏糞をやり土を起こしてやる。この土から生まれる野菜は甘い。特に大根は絶品。初めて抜きたての大根をかじった人は一応に目を丸くする。大根がまるでフルーツのよう。今年もまた、上手い大根を作ろう。

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2006年8月25日 (金)

落柿窯・亭主の心

 落柿窯の茶室に通じる小さな門を入ったところに一抱えほどの石が置いててある。写真で見てもわかるように、この石は蛙の形をしている。別に亭主が蛙好きというわけではない。これは亭主が客を「迎える」ために、そして辞する客が道中無事に「帰る」ようにとの思いを込めて置いたものだ。

_035w640 茶の心は、一期一会の出会いのために亭主が心を配ることにある。客を迎え、送り出すまで気を抜くことはない。この蛙石はその象徴でもある。客はこの石に迎えられそして送られるまで、亭主との心からの交流を楽しむことになる。

_036w640 これから秋が深まるにつれ、ますますお茶が美味しくなる。10月までが風炉の季節。11月からはいよいよ炉の季節に入る。この石は、今秋何人の客を迎えることになるのだろう。

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2006年8月24日 (木)

蓋置きー隠れた面白さ

 煎茶の道具としても抹茶の道具としても、目立たないけれど絶対に必要なものが蓋置きだ、備前でもいろいろな蓋置きが作られている。面白いものでは「3人唐子」「糸車」「サザエ」等があるが、一般には扱いが容易な「竹節」がよく使われる。落柿窯では網の錘(おもり)をよく使う。これは昔漁師が使っていた網の錘だ。かつては海辺に行けばどこででも見られたが、今ではまったく見ることがなくなった。これはシンプルだが扱い易いのでいつも使っている。

_186w640_1 これが網の錘。胴に牡蠣殻などがついていれば一層趣が増す。道具屋さんで売っているか結構高い。海辺に行ったら探してみるのも楽しいだろう。しかし見つけることは困難だと思う。

_185w640_1 サザエの蓋置き。煎茶の点前では使えるが、抹茶の点前では扱いにくいと思われる。これは最近の新しいもの。備前に行けばいくらでも手に入る。価格も手ごろだ。

_189w640 手作りの蓋置き。こんなものでも使える。だれでも遊び心で作ることができるのも楽しみの一つ。特に制約はない。蓋がのれば形は自由。いろいろ工夫して独自のものを作るのは楽しい。

_190w640 虫明焼の「竹節」蓋置き。落柿窯では抹茶の点前に使うことが多い。とても扱いやすく重宝している。作者は落柿窯の主の大先輩。彼は現在虫明焼の窯変作品を多数生み出している。

_184w640 ガラクタのようだがそれぞれみんな使うことができる。

蓋置きは表には出ないけれど一つ一つ見るとそれぞれに面白い。

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2006年8月23日 (水)

備前焼の器ービアマグあれこれ

 備前のビアマグが最高のビールカップであることは、すでに、たびたび語ってきたところだが、形については、ほとんど話題にしてこなかった。最近、落柿窯から生まれビアマグを少し紹介しよう。_180w640

左は落柿窯の定番。右はブラジルから陶芸の勉強に来ていた留学生が制作して落柿窯で焼成したもの。赤い緋襷が印象的。高台は四方をカットしている。センスの良さが出ている。

_181w640 落柿窯のビアマグ2点と留学生制作の1点で、大きさの異なる3点。自分のスタイルに合わせて大きさを選ぶのも一つのポイントだろう。焼成後の色合いも、いろいろなので、これもお好みで選ぶのが良いと思う。

_182w640 白い色と濃い色。ビールの白い泡が際立つのは濃い焼き色。一方の白い物は夏に適しているようだ。白い方は緋襷になっている。一般には、備前は黒いものと思われているが、こんな白い備前もあるのです。

_183w640 最後の写真左は、やはり留学生の制作。飲み口は大きく反り、高台は3方にカットしている。ここまで飲み口が反ると少し飲みにくいように思われる。右は落柿窯の高台付き。 

後片付けを担当するものの意見としては、洗うとき底まで手の届く太さが望ましいというが、さて貴殿はどれを選ぶか?

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2006年8月22日 (火)

夏が行く

 今日は、ところによって激しい雷雨になった。界雷。暖気団と寒気団のせめぎあい。いよいよ夏が行く。

_177w640 備前焼の梟。秋になるとこんな置物も似合うようになる。備前は不思議な焼き物。どんなものでも、ちゃんとその雰囲気が出てくる。この3羽の梟は親子のようだ。後ろの2羽が親鳥。前が少し小さいので子供か。親鳥が子供に優しい眼差しを向けている。なんでもない3体の焼き物を並べるだけで物語が見えてくる。

_178w640 少し並びを変えると親子であるのが良くわかる。特に右の親鳥が印象深い。備前では細工物として動物や人物、魚などがよく作られ、干支作りも盛んに行われている。細工物を作ることを「木偶」(でこ)作りということもある。

_179w640 秋になると、こんな強いやけの壷を飾っても絵になる。夏には暑苦しく見える焼成の作品も落ち着いて見える。そろそろ、夏に飾っていた明るい緋襷の作品を濃い焼成のものに変える時期でもある。残暑が収まるのが待たれるところだ。

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2006年8月21日 (月)

高校野球が終わって秋が来た

 おめでとう早稲田実業。昨日、引き分け再試合となった決勝戦にやっと決着がついた。二日間に亘る感動の試合だった。

高校野球が終わると急速に秋が来るといわれるが、本当に自然は不思議。残暑は、以前として厳しいものの、気がつけば、今日は昨日の夏空と打って変わって秋の空となっていた。高校野球の神様は決勝戦を待って、やっと夏を手放してくれたようだ。

_174w640 夕方、空を見上げると巻雲や巻積雲が広がっている。もはや昨日までの夏空ではない。日の入りも早くなった。日が落ちると昼間の残暑が嘘のように涼やかな冷気に変わる。微かに虫に音が聞こえる。

_175w640 夏休みも後10日。地蔵盆の時期が来た。子供の頃は地蔵盆の接待が楽しみであった。お菓子を袋に入れて、子供たちに配ってくれた。中に入っていたせんべいが懐かしく思い出される。

_176w640 話題を変えて。

これは落柿窯の備前の小物。日常に使うと楽しい。使うほどに趣きが増す。器膚もつやが良くなり、備前とは思えないほど滑らかになってくる。備前は不思議な焼き物。

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2006年8月20日 (日)

残暑の中でー高校野球決勝

 今日は久しぶりに朝から涼やかな風が吹いていた。残暑の中でも季節は確実に進んでいる。甲子園では今日が高校野球の決勝戦。いつもなら高校野球が終わると赤とんぼ《アキアカネ》が見られるようになるが、今年は高校野球の神様が行く夏を惜しんだのか、決勝戦は引き分け再試合となり、すんなりと秋を呼んでくれないようだ。それでも落柿窯の周りを探すとなんとなく秋が見える。盂蘭盆会の仏様に供える「ミソハギ」がそろそろ終わりを迎え、庭木の珊瑚樹に赤い実がついている。田圃の稲も穂を出す用意が整った。やはり自然は正直。

_171w640 _170w640 ミソハギと珊瑚樹。今年は春に何年ぶりかで庭師さんが手入れをしてくれたおかげで珊瑚樹にたくさんの実がついた。

_004w640 朝から涼やかな風が渡る田圃。穂が出るのももうすぐ。これからの台風が気になるところだ。穂が出て花がついたときの台風は絶対に避けたい。

_005w640 鷺の群れがのんびりと餌をついばんでいる。蛙や虫を探しているのだろう。こんなのどかな田園風景も猛暑だととても目がいかない。今日は涼やかな一日だった。

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2006年8月19日 (土)

台風の後に

 昨日、九州に上陸した台風10号はゆっくろと九州を縦断し日本海に抜けた。風はたいしたことはなかったが、大雨になったところも多く災害が心配される。このあたりでは恵みの雨になった。このところの猛暑で庭の木々はアップアップしていたところなので、この雨で一息ついたようだ。

_168w640 朝日に輝く濃い緑がまぶしい庭。

_167w640 周囲の田圃の稲の葉先が台風の風になびく。穂が出てからの台風は収穫に大きく影響するが、今の時期はまだ大丈夫だ

_166w640 今回の台風は風が弱かったおかげで、落柿窯の柿にも影響がない。良かった。良かった。できれば大きな台風は来てほしくない。

_169w640 柿の実も次第に大きくなっている。収穫まで後2ヵ月ほどかかる。

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2006年8月18日 (金)

宝瓶の話

 宝瓶(ほうひん》は取っ手のない急須。かつては泡瓶と書いていた時代もあったようだが、今では宝瓶となっている。宝瓶はその形の自由さから、プロ、アマを問わず手作りする人が多い。宝瓶作りの楽しさは形ばかりではなく、蓋のつまみを考えることにもある。、特に、つまみとして人気があるのは龍だ。そのほかには山茶花や椿、松笠のような植物、蛙や小鳥などの動物も見られるが単に球形や橋形のものも多い。

 宝瓶作りのポイントは注ぎ口にある。全体の形か良くてもお茶を注いだときの水切れが悪いと台無しである。口作りはちょっとした工夫で良くなるが、これがなかなか難しい。

_162w640 口の形は基本的に3つに分かれる。まずこの写真の口を烏口という。前方に大きくせり出している。この口は水切りが良い。

次に雀口。これは小さな口で前にあまり出ていない。この口で水切りの良いものを作るのは結構難しい。

_163w640 この写真が雀口。最後は鯰口。この口作りか一番難しいが、上手くできると雰囲気が良い。鯰口は前に出るのではなく横に広い。文字通り鯰のような口である。

_165w640 これが鯰口。

これらいづれの口で作っても、お茶の切れがよくなければ意味がない。自分好みの宝瓶を探して、この秋はお茶を楽しんでいただきたい。

_164w640 これは龍の宝瓶。この龍は少し大きすぎるようだ。口は鯰口。蓋と宝瓶の縁にボタ抜けが出ている。このボタの形は龍を取り巻く雲をイメージしてあるという。

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2006年8月17日 (木)

銘茶と茶道具の店「佐藤開運堂」のこと

 岡山市西大寺の、かつて栄えた商店街の一角に「佐藤開運堂」がある。落柿窯で使っている「天下一」という銘柄のお茶はこの店で買っている。この店は面白い店だ。茶葉を商うばかりでなく、茶道具も骨董も合わせて商っている。これだけならどこにでもある店だが、この店は少し趣が違う。店は間口2間足らず、奥行きも同じ。そのスペースに茶道具、骨董それに本業のお茶がところ狭しと並んでいる。入り口を入ると、ひと一人通がやっとれるだけの通路があり、その奥に2人が座れるスペースが確保されている。客はここでお茶を飲みながら話好きの主人に付き合うことになる。落柿窯の主も例外ではない。

_159w640 これが雁がね茶「天下一」。1本に200グラム入っている。落柿窯では月に大体2本ほど使っている。お茶を買いに行くたびに、話好きの主人に誘われつい長居をすることが多い。この店で、今までに随分多くの情報を得てきた。話題は多岐に渡ることが多い。

_161w640 この萩焼の「井戸茶碗」もこの店で見つけたもの。新しいものだが、結構気に入って常用している。

_160w640 この店の本業は銘茶の商いか、道具の商いかよくわからないところはあるが、お茶は新鮮だし骨董を含む道具の商いもまじめである。

「佐藤開運堂」は色々面白いものが見られて楽しい店である。

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2006年8月16日 (水)

煎茶を楽しむ

 世はまさに日本茶ブームである。スーパーでもコンビニでもお茶が花盛りだ。しかし、お茶はやはり自分で入れて飲むに限る。お茶を飲むために用意する道具は、この写真を参考にしてほしい。これだけ揃えれば、だれでも美味しくお茶を楽しむことができる。

_157w640 まず、宝瓶(ほうひん)と湯冷まし、それに煎茶碗5客、できれば蓋置きがあればなお良い。宝瓶とは取っ手のない急須のことで、このあたり独特の呼び名だ。これにお茶の葉をたっぷりいれ、湯冷ましで約60度~70度くらいに冷ました湯を注ぐ。茶の葉が十分開くまでゆっくり話でもしながら待てばよい。決してあせらないこと。美味しいお茶を楽しむためには心にゆとりがいるのです。茶の葉が十分開いたところで、5客の煎茶碗に少しづつ繰り返し注いでゆく。一度にいっぱいに注がないこと。そして、宝瓶にお茶が残らないように最後の一滴まで注ぎ分けることがポイントです。茶葉をケチらないことも重要です。別に高価な茶葉でなくとも良い。落柿窯では「天下一」という銘柄の安価な雁がね茶を使っているが、とても好評だ。

_158w640  これは建水。「こぼし」とも言う。単なる茶殻いれだが、これも使いやすいものを選ぶと具合が良い。口が小さいと宝瓶から茶殻を捨てるとき宝瓶を建水の口に当てて傷つけてしまうことがある。口はある程度広いものを選ぶほうが良いと思う。

さあ、これから秋にかけてお茶がますます美味しくなる。大いにお茶を楽しんでほしい。ただし、水はカルキ臭のないものを使うこと。

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2006年8月15日 (火)

真夏の太陽ー8月15日

_155w640  今日は朝から快晴の空が広がった。暑い夏空。61年前のこの日も同じように暑い夏空であったと聞く。あの日から日本は不戦の誓いを立て、世界に平和を発信して来たはずなのに、今もなお、地球のあちらこちらで戦争が起こっている。平和憲法を持つ国の民として我々に何ができるか、今一度真剣に考えよう。平和憲法の理念を世界に広めるために、みんなの知恵と力を結集しよう。それが被爆国日本の民に課せられた義務だと思う。

_156w640  夏は祈りの季節。広島を、長崎を、沖縄を、日本全土の犠牲者を、そして今なお続く世界中の戦争の犠牲者の痛みを、苦しみを考えよう。平和はそこから始まる。

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2006年8月14日 (月)

立呑処《慶》の話

 JR神戸線塚本駅を柏里方面に出た所に塚本駅前ビルがある。その中に母娘で商っている小さな立呑処《慶》がある。この店の売りは、なんと言っても気立ての良い料理人の娘が創作る美味しい料理と、気風の良い美人女将にあるが、もう一つこの店には面白い特徴がある。なんとこの店では、ビールカップ、ぐい呑、徳利はもちろん食器にいたるまで備前焼が使われている。店の中を良く見ると、傘立て、花入れ、小さな梟や干支の置物までが備前焼なのだ。それらがいづれも上手く使われている。美人女将のセンスのよ良さが光る。料理は美味いし酒も良い。店の雰囲気は家庭的で落ち着ける。その上、安価ときている。なんとも不思議な店である。備前好きにとってはたまらない店だ。誰かが「三ツ星」_150w640 をつけた立呑処と聞いた。近くの人は一度立ち寄ってみることをお薦めする。

 この擂鉢は落柿窯の作品。周囲にかかった穴窯特有の胡麻が美しい。広く浅い擂鉢である。

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2006年8月13日 (日)

備前の器ー酒器セット

 「備前焼は夏向きではない」と思われている向きもあるが、実際には「ビールによし」、「冷酒によし」だ。今日は夏に使える酒器のセットを紹介しよう。

_153w640 まず、なんと言ってもビールカップ。冷たいビールを注ぐと細かい泡に驚く人が多い。ビールはまろやかになり旨みが増す。写真の小さいカップはワイン用。冷酒用としても使うことができる。

_151w640 このセットは冷酒用。氷酒を入れても良い。注ぎ口からぐい呑みに適量を注ぎぐいっと飲み干そう。グレードの低い酒が上級酒になるという人もいる。

_152w640 これも冷酒用。上のぐい呑みと違いこちらは杯で上品に楽しめるセット。土瓶として使っても良い。松茸の土瓶蒸に使うのも一興である。

_154w640 徳利とぐい呑み。冷酒にも熱燗にも使えるが、夏はやはり冷酒だろう。特にこのセットは明るい焼き上がりなので夏用に適しているように思う。

 備前焼は特にお酒が好きだ。酒器として使用しているとどんどん良くなる。使えば使うほど良くなるのが備前焼の大きな喜びです。

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2006年8月12日 (土)

備前の擂鉢・備前の水甕

 「備前の擂鉢、投げても割れぬ。備前の水甕、水が腐らぬ。」と歌われた備前の擂鉢と水甕は、室町時代以降、山陽道一の賑わいを見せていた福岡の市(現在の瀬戸内市長船町福岡)で取引され、ここから全国へ広まっていった。今も関東や九州そして遠くは東北の日本海側に於いてまで、当時の備前の水甕が発見されるのはそのためである。備前焼は炻器と呼ばれる硬質な焼き締め陶器であり、その上、釉薬を使わないため器膚が空気を通す。また、備前焼は、それ自体から何かが出ており、水が腐らないどころか、かえって旨くなる。そのため水甕として最も適した陶器であるといえる。実際、このあたりでは、上水道が普及するまで水甕として使っていた。近年、備前セラミックセンターの先生が備前焼が出している「何か」の正体を付き溜められ、それに「ユウレイ線」と名付けられた話は良く知られている。

_142w640_1 岡山の裁判所にある古備前の水甕。

桃山時代のもの。口作りと胴の張りに特徴がある。水甕の歴史の中でもっとも美しい形と力強さを持っている。

_141w640_1 大きい水甕の肩には力強い窯印が見られる。これは当時、大窯で共同焼成していたため、自分の物を明示するためにつけられた。現在の陶印の元である。

_143w640_1 小さい甕の肩には胡麻だれが見られる。高温焼成の証。その割りに歪みがほとんど見られない。

_144w640_1 大きい甕の口から胴にかけて微かに胡麻が降っている。口作りも胴の張りも堂々としているが、強い炎に引っ張られてやや傾いている。

_147w640 室町時代の水甕。桃山時代の甕に比べて素朴である。焼成は自然桟切りとなっている。この甕は落柿窯の茶室におかれている。

_148w640 口の作りも桃山に比べてやさしい。胴の張りもまったくない。紐作りの後もよくわかる。焼成の温度も桃山に比べてやや低いように思われる。

_149w640 落柿窯製作の擂鉢。古備前の擂鉢まで、まだまだ道のりは遠い。今、古備前の擂鉢がほしいと思っているが夢のまた夢か。

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2006年8月11日 (金)

虹の根元ー子供の夢

 今日夕方、雷雨のあとに虹が出ていた。目的地に車を走らせながらフロントガラス越しに写真を撮った。

_146w640 子供の頃、虹を見るたびに、「あの虹はどこから出ているのかな」「虹の根元はどうなっているんだろう」などと考えていた。一度虹の根元を探して歩いたことがある。しかし、行けども行けども、近いと思った虹の根元はずっと遠く、諦めてやめてしまった。ちょっとした子供の冒険でもあった。

 あの頃は夢がいっぱいだったように思う。あの頃の夢はどこにいってしまったのか。虹の彼方に消えたのか。今はもう虹の根元を探すこともなく、その日その日を生きているのみ。改めて心の寂しさを思わずにはいられない。

 今日、久しぶりに虹を見て、一瞬、子供の頃の無垢な心を思い出した。

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2006年8月10日 (木)

備前の大皿

 今日は、落柿窯から生まれた備前の大皿を紹介したい。落柿窯は小さな穴窯のため、棚板のサイズの関係から、これ以上の大きさの作品を入れることができません。

_130w640_1 叩き長皿。43センチ×25センチ。赤いボタ抜きが美しい。先日のブログ(8月7日)に緋襷の天の川として紹介したもの。この皿いっぱいに料理を盛りたい。

_140w640_1 轆轤引き大皿。42センチある。轆轤引き直後は50センチあった。乾燥と焼成でここまで収縮している。中央部にピンクのボタ抜きと赤い緋襷が出ている。周囲は自然胡麻が真上から降り、よく溶けて上品に焼き上がっている。この皿は数人での鍋パーティーで野菜を盛り、次第に中から模様が出てくるのを楽しむのが良いだろう。

 備前の器は、使えばそのよさが実感できます。

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2006年8月 9日 (水)

ノーモア核兵器ー8月9日長崎の日

 今日は、8月6日の「広島の日」に続いて「長崎の日」。かつて、こんなに接近した日に、立て続けに原爆が使われた事実に衝撃が走る。あれから61年、日本は唯一の被爆国として世界に核兵器の廃絶を訴え続けてきたが、いまだ核の拡散はとどまるところを知らず広がり続けている。この悲しい現実に目をそむけることなく、より一層平和への思いを強めよう。

Imgw640 さて、猛暑の中残暑お見舞いに山の風景をプレゼント。この山は剣岳。10年くらい前までは穂高岳と並んで足繁く通った山。大きな雪は剣沢上部、頂上の右下に小さく見える雪は長次郎谷上部。岩と雪の殿堂として、とても楽しい山。

_101w640  この風景は、後立山連邦小蓮華岳から白馬大池への道の途中、遠く浅間山を見たもの。以前紹介した白馬大池のアングルとほぼ同じだが、こちらは少し低い位置からなので、大池の水は見えないが登山者の姿がおおきく見える。

_100w640  この山も以前紹介した雪倉岳。この時は薄曇で雲海はほとんど出なかった。谷筋に残る残雪がまぶしい。

 平地は残暑が厳しいが、山の上では立秋を過ぎると秋が駆け足でやってくる。

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2006年8月 8日 (火)

秋の立つ日

 今日は立秋。いつもなら、そろそろ猛暑がおさまる頃なのに、今年は梅雨明けが遅れたせいで、いまだに梅雨明け10日の猛暑が続いている。しかし、自然は正直なもので、2~3日前から暑苦しいクマゼミやアブラゼミに混じってヒグラシの鳴き声が聞こえるようになった。猛暑の中でも季節は確実に進んでいる。

 かつて、国語の教科書の中に「秋来ぬと、目には清かに見えねども、風の音にぞ驚かれぬる」という和歌があったように思う。たしか、若山牧水がこの季節を歌ったものだと記憶している。なんでもない日常のふとしたことで季節を感じるこの感性は、日本人の天性のものであろう。

_137w640  落柿窯の周りで小さな秋を探してみた。梅雨の頃、可憐な花をつけていた「紫式部」が小さな緑の実に変わっている。秋が深まると濃い紫色になる。

_138w640  「落柿窯」の由来の柿の実も、気がつけばけっこう大きくなっているのに驚く。今年はこのまま台風がなければ豊作か期待できそうだ。しかし、立秋に合わせたかのように、台風7号が日本を狙って接近している。カラカラ天気に恵みの雨を期待したい。

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2006年8月 7日 (月)

葉先の真珠ー旧暦の七夕

_133w640 今日は旧暦の七夕。早朝、子供の頃のように稲の葉先の露を集めに田圃に出てみた。日の出前、葉先に着いた露が真珠のように輝いている。そっと触れてみると、冷たくて新鮮。盆を持って露の雫を集めた記憶がよみがえった。

 夜、このあたりでは、もうずいぶん前から星が見えなくなっている。昭和30年代までは満点の星空だったのに。天の川も白鳥座も織姫も牽牛も全て見えていたのに。今は、よほど山奥か海に出なくては満足に星を見ることができない。大気の汚染が深刻だ。

 今夜の七夕は、天空の星の変わりに、落柿窯の星たちを眺めよう。

_136w640 天球犠の緋襷の「天の川」。

 _134w640

大きく明るく輝く星たち。白鳥座か。

_135w640 二つの星は織姫に牽牛のよう。焼き物の中で輝く星もまた面白い。

 焼き物でこんな遊びができるのも楽しいものだ。

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2006年8月 6日 (日)

夏の朝曇りー猛暑の予感ー8月6日

_131w640  昨日は体温を越える猛暑だった。今日もまた同じ猛暑。

 61年目の「広島の日」。平和を願う多くの人の向こうで、相変わらず戦争が続いている。多くの市民が犠牲になっているニュースが伝わるたびに心が痛む。人間の英知はどこにいってしまったのか。みんなで平和を願おう。

_128w640  落柿窯の側を流れる小さな川に鴨の家族が住みついている。昨年はアヒルが1羽含まれていたが、今年は鴨の家族だけだ。村の住人が餌を与えているのだろう、とても人懐こい。人影を見るとすぐによってくる。

_129w640  この川は、結構、餌が豊富だし、天敵がいないのか、のんびりと憩っている。こんな小さい平和な風景がなぜかうれしい。

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2006年8月 5日 (土)

真夏の花

 真夏の花といえば、朝顔、ひまわり、夾竹桃が頭に浮かぶ。この内、朝顔については、昨日のブログで思いを書いた。ひまわりと夾竹桃は真夏に最も良く似合う花だが、なぜか60年前の暑い夏が連想されてしまう。この2つの花を見ると、とてもつらい。

 今日は少し違う花を取り上げてみたい。

Img_0003w640 この花はノウゼンカズラ。原産は中国。落柿窯の茶室の前にある。毎年橙赤色の花をつける。一昨年の台風で、根元近くから折れてしまい、途中から切ったので今年はあまり花をつけていない。

_123w640 これは言わずと知れたサギ草。湿地帯に咲く花。白鷺が飛ぶ姿に似ているのでこの名がある。この可憐な姿に魅了され、栽培する人が多い。サギ草の栽培には、たっぷりの水が欠かせない。いつも水コケが湿っていなければ枯れてしまう。今、岡山県北の鯉が窪湿原で野生のサギ草が見頃を迎えている。

_125w640 アップで見るとこうなる。本当に優美で可憐な花だ。

_124w640 この花は平地では見ることができない。高山植物の女王といわれるコマクサ。2000メートルを越える山に咲く。この写真のコマクサは後立山連峰小蓮華岳から白馬大池への道で見たもの。コマクサの群生は北アルプス燕岳でも見ることができる。     

 

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2006年8月 4日 (金)

茶室の朝顔ー利休の朝顔に寄せて

 小学生の頃、夏休みになると、決まって朝顔の生育観察をしていたように思う。最近、このあたりでは朝顔を見ることが少なくなった。夏はやはり朝顔が良く似合う。かく言う落柿窯にも朝顔はない。

 朝顔というと、夏休みの観察記録と、利休の朝顔にまつわる逸話が思い出される。

 利休の話はこうだ。-ある年の夏、利休の屋敷に朝顔が見事な花をつけた。それを聞いた秀吉が、花を見に来ることになった。利休は喜んで秀吉を迎える準備をする。当日、秀吉が利休邸を訪れると、朝顔の花が一輪もない。怒った秀吉は利休を叱責するが、利休は平然と秀吉を茶室に案内した。茶室に入った秀吉は衝撃を受けた。茶室の床には、見事な朝顔が一輪、しっとりと霧を吹かれて、涼やかに信楽の花入れに活けたあったのだ。これは、利休が秀吉を迎えるに当たって、余分な花を全て摘み取り、茶室の一輪に 朝顔の美しさを集約したものだった。それを知った秀吉は大きな感銘を受けたという。- 

_126w640_1  落柿窯の茶室には、生きた朝顔の代わりに、朝顔の軸を掛けて夏の涼を演出している。

 二畳の空間は涼風が吹き抜け、別世界になっている。

                                             

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2006年8月 3日 (木)

お嫁に行けない器たち

_120w640  今、落柿窯には、この写真のようにお嫁に行けない器たちがたくさんいます。そんなに器量よしではないけれど、性格は穏やかで、だれにでも好かれる器たちですが、なぜかお嫁に行けません。もしかして主のせいですか。落柿窯は小さな穴窯なので一度にたくさんの器は生まれないけれど、それでもこの写真の倍くらいは出てきます。主としてはみんなかわいい器たち。、早くお嫁に行ってご主人様にかわいがってもらいたい。いつもそう願っているのに、最近は、ここの居心地か良すぎるのか、なかなかお嫁に行ってくれません。困ったものだ。

_002w640_1  この窯から生まれたのが上の写真の器たち。窯の中では、お行儀よく並んでいます。

_003w640_1  この広口花器は主のお気に入り。中にはお嫁に出したくない器もいる。

W640  これは輪花鉢。3つのボタの抜けが鮮やか。でも中が切れている。残念。

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2006年8月 2日 (水)

夏の夕暮れもまた、いとをかし

 「枕の草子」には夕暮れは秋が良いとあるけれど、今日の夏の夕暮れの空は真っ赤に燃えていおり、夏の夕暮れもまた「いとをかし」と言えるのではないかと思う。

_118w640 窯の煙突の上空は真っ赤な夕焼け。こんな風景はあまり見ることがない。上空の低いl雲に夕日が当たり、赤く燃えている。明日も暑くなりそうだ。

 こんな風景を見ていると山好きにとってはたまらなく山が恋しくなる。今、夏山はまさにシーズン真っ盛り。心が動く。

Img_0002w640 この山は落柿窯の主が、かつて 足繁く通った穂高連邦の名主「奥穂高岳」。涸沢圏入り口付近からの写真。この岳の稜線に穂高小屋がある。夕方この小屋から西の笠ヶ岳方面が真っ赤に染まるのを思い出す。

「山は、山を愛するもの全てに幸せを与えてくれる」 これは単独行で名高い加藤文太郎の残した言葉。 

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2006年8月 1日 (火)

茶席で使われる備前の茶道具

 夏こそ涼しげなお茶を楽しみたい。今日は茶席で使われる備前の道具たちを紹介しよう。ただし、今日の道具は名品ではなく落柿窯の作である。

_094w640 まず茶碗。備前の茶碗は硬質すぎて茶席では嫌われるが、実際使ってみるとなかなか調子が良い。

_091w640 茶席の床に置く花入れは、なんと言っても備前の右に出るものはない。この花入れは窯変耳付き花入れ。できは良い。

_087w640 茶席で見ごたえがあるのはやはり水差し。

これは耳付き置き水差しです。運びには大きすぎて不向き。どっしりとして落ち着きがあります。

_097w640_1 お預け徳利。約2合入る。茶懐石のとき、亭主がこの徳利を客に預けて飲んでもらうためにこのように呼ばれている。

_049v640 濃茶の席に和菓子を盛って出す器。菓子器です。これに青竹や黒文字を削った箸を添えます。

 そのほか、建水、蓋置きなど、備前は茶席に欠かせない道具です。利休の頃から備前は茶道具として発展してきた訳が、使ってみると良くわかります。   

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