2009年7月10日 (金)

歳を感じる日々

 昨晩の発熱も今朝はほぼ平熱に戻った。しかし、だるさは相変わらずだ。

 50の声を聞くまでは平気で山通いを続けていた。今、あの頃の体力はまったく無い。今年、久々に夏山に行こうかと思っていたけれど、これでは無理かも知れない。

 それよりも、早くこの状態を抜けねばならない。今日は、まったく気力が出なかったから、昨日、轆轤挽きした擂鉢型小鉢の仕上げができなかった。明日は何とかしたいと思う。

 さて、先日の陶芸教室の日、姉に手伝ってもらって作品を並べている棚の整理をした。この場所には、昨年末、窯出しした作品がほとんど手付かずで並んでいる。

P1000100w800_2  湯呑みから皿、壷までいっぱいだ。

 作品はこれだけではない。展示室には、まだ、これの何倍もが嫁入りの日を待っている。どこかに良い嫁入り先は無いものか・・・。

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2009年7月 9日 (木)

体調不良

 今日は、朝から体のだるさが感じられると思ったら、夕方になって寒気がしてきた。どうも熱があるらしい。体温計が故障しているから計れないけれど、明日まで様子を見ることにした。一昨日の疲れが出たのかも知れないね。

 午前中はまだ少しは元気があったので、少し擂鉢型小鉢を挽いた。

P1000096w800  擂鉢型小鉢は人気がある。使い勝手もよい。備前の小鉢の中では備前らしさを味わうのに最適だと思う。

 明日、仕上げができるほど体調が回復してくれれば良いが・・・。

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2009年7月 8日 (水)

備前焼の色

 梅雨らしく今日も蒸し暑い日だった。朝から降っていた雨は午後には上がったが、変わりに湿気が全身にまとわり付く様な蒸し暑い空気に包まれている。

 そんな中でも、姉たちの陶芸教室の生徒さんは熱心だ。主は動くのも嫌なのに、みな熱心に轆轤を回している。さすがに「パワーが違う」と脱帽である。

 さて、備前に余り詳しくない人は、備前の色は「鉄のように黒い」と思っている人が多い。

 しかし、今まで「備前落柿窯作品集」にアップしている作品を見ていただければ、「備前の色は多種多彩である」というのがわかっていただけるだろう。黒、赤、白、黄、茶、紫蘇、青、グレー等々の色が微妙に絡み合って現れる。釉薬をかけない焼締め陶だからこそなせる業だ。

 今夜は、ちょっと面白い肌の作品をアップしたい。色合いも不思議に思われるだろう。

P1000095w800_2  備前に詳しい人には説明は要らない。一目瞭然である。

 詳しく無い人は、不思議に思われるかもしれないが、これは胡麻だ。

 普通、胡麻は黄色だが温度が高いと白く変化することがある。それがこれ。その上、胡麻が溶けていないところもあるから、榎肌の様にになっている。珍しい焼成だ。

 備前は奥が深い。それだけに虜になると病みつきになるから注意しよう。

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2009年7月 7日 (火)

7月7日ー七夕ー小暑

 今日は七夕。しかし、梅雨の最中の七夕では星を見ることができないのが普通だ。だから、このあたりでは、かつては8月7日を七夕祭りとしていたが、次第にその風習もなくなってきたようである。いつの間にか地域性が失われて、何もかも東京式になっていくのはいかがなものかと思う。

 七夕に加えて、今日は小暑。今日から立秋までの間が「暑中見舞」が出せる時期だ。立秋を過ぎると、いくら暑い日が続いていても「残暑見舞」に変わる。日本人の季節感の繊細さが良く表れている。

 今夜は星が見えないので、庭先で咲いている黄色い星のような「待宵草」の写真で勘弁していただこう。

P1000081w800  夜咲く花。まるで星のように・・・。

 「備前落柿窯作品集」の中に星を映した皿がアップされているから興味があればご覧いただきたい。

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40数年の時間

 今日は、大阪の叔母の葬儀に参列するため、大阪市立北斎場まで行ってきた。

 この斎場は、40数年前、隣り合わせにある大学の小さな研究室で、法律書と格闘しながら、仲間や先輩と六法全書を片手に具にも付かない議論に青春の血を滾らせていた頃、毎日のように高い煙突から真っ黒な煙を吐いていた。風向きによってはなんともいえない臭気がしたものだ。

 それが40数年ぶりに訪れてみると、見事に超近代的な斎場に生まれ変わっているではないか。当時を知る者にとっては驚き以外何ものでもない。40数年の歳月はすごい時間だということを改めて思い知らされた。

 この間、主はただ生きていただけのような気がする。果たして歳相応に成長したのだろうか、何か残してこれただろうか。はなはだ疑問である。

 さて、帰宅して、昨日の湯冷ましを仕上げようとしたけれど、いまひとつ乾燥の具合がよくない。仕上げは明日にした。

 変わりに、今夜は、落柿窯の壷を紹介しようと思う。壷の紹介は久しぶりだ。

P1000064v800  落柿窯作「備前立壷」。

 この壷は、窯の中で一番火の強いところにあったから、正面は強烈な胡麻が溶けて流れている。

 サイズは、30センチ×20センチほどだ。

P1000061v800  ついでに、少し長がめの掛け花生けを紹介しておこう。

 落柿窯作「備前掛け花生け」。

 これも約30センチほどの長さがある。壁や柱に掛けて使うから場所をとらなくてよい。それに、倒すことも無いから安心である。

 備前は花を生かす器である。同時に使う人の心も映してくれる。

 

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2009年7月 6日 (月)

くちなしの花

 庭先で甘い香り。「くちなしの花」が露地の蹲の前で咲き出したようだ。

 我が家のくちなしは地面を這う種類で花も小さい。香りは普通のものと変わらない。「くちなしの花」の香りが甘く切なく感じるのは歌の所為なのかな・・・。

P1000078w800  ほんの10センチにも満たない低い木に小さな白い花が咲く。地面を這う種類は珍しいと思う。

 蹲の前の飛び石の周りに木が伸びて毎年季節になると花を付けてくれる。

 

 今日は一日どんよりとした蒸し暑い日だったが、夕方、散歩に出かける頃になって青空が広がった。陽が落ちた頃、東の空に13夜の月も輝いていた。梅雨前線の活動が少し弱まったのだろう。

 そんな天気の今日の仕事は、久々の「叩き木の葉皿」制作。最近は小さな食器ばかり作ることが多くて、叩きの皿はほとんど造っていなかったけれど、このところ、どういうわけか良く造る。これで何枚目かな?

P1000075w800  約55センチの大きさがある。イメージは柏の葉だったけれど、出来上がりは少し違った。

 大きな叩きの皿は乾燥途中で割れることが多いから室に入れてゆっくりと乾燥させている。

P1000077w800  昨日造った宝瓶用に湯冷ましも少し挽いた。前回は手捻りで造ったが今日は轆轤挽きした。

 手捻りと比べると味わいが違うが、これはこれで違った味が出る。

 

 明日は、叔母の葬儀で大阪まで行くから、仕上げは帰ってからになる。

 

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2009年7月 5日 (日)

梅雨寒

 このところ、夜になると冷たい風が吹いていたが、今日は、朝から冷たい北東の風が吹き抜けていく。東日本で言う「山背」はこういうのを言うのだろう。家の中で半そでシャツで寝転んでいると寒いくらいだ。おまけに、夕方近くになって雨も降ってきた。

 毎年、この時期にコタツが欲しいと思う日があるが、いわゆる「梅雨寒」である。この分では、梅雨明けはまだまだ先になりそうだ。

 庭の夏椿が盛りを過ぎた。大分蕾が少なくなって、その分、落花が地面を埋めている。

P1000069w800  今年程、花が多くて見ごたえがあった年は無い。写真もよく撮った。まだ、しばらくは楽しめそうだが、今週末頃が最後になりそうだ。

P1000065w800  しつこいけれど、今日写した夏椿。LUMIXで撮った。

 来年もまた今年ほどたくさん咲いて欲しいと思う。。それにしても、花の命は短い。

 

 今日は、午前中、昨日造った宝瓶を仕上げた。

P1000066w800  今日仕上げた宝瓶の一つを「なまず口」にしてみた。

 口は「なまず口」、「すずめ口」、「烏口」といろいろあるが、それぞれに趣があって面白い。要は、水切りさえ良ければどんな口でもかまわない。後は好みの問題である。

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2009年7月 4日 (土)

訃報

 今朝、主が子供の頃からかわいがってもらった大阪の叔母がなくなった。長患いだったから、ご本人もご家族も大変だったと思う。心からご冥福を祈りたい。

 特に、主が貧乏学生だった昭和40年代には、お好み焼きやうどんを出す店をしていたから、ずいぶんお世話になったものである。

 近しい人が逝ってしまうのは、天命とはいえ、やはり寂しい。

 さて、今日も梅雨の晴れ間。青空が広がった。

 いつの間にか工房の脇にあるムラサキシキブの花が咲いている。まだ蕾が多いけれどかわいい花も見える。

P1000059w800  コンパクトデジカメのマクロ撮影は難しい。

 米粒ほども無い小さな花だ。

 

 

 

 今日の仕事は、昨日挽いた鶴首を仕上げるのに時間を取ったから、後は宝瓶の本体を2つ造っただけで終わった。

P1000057v800  仕上げた鶴首。少し小さいが、久しぶりに造ったから、まあ、こんなものか・・・。

 焼き上がりがこの大きさになればよかったが・・・。次はもう少し大きくしよう。

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2009年7月 3日 (金)

行雲流水ー鶴首を挽く

 今日、岡山にある茶道具の店「奈々瀬」から催し案内が届いた。その中に「行雲流水」とあった。

 「行く雲、流れる水の如く悠々と自在に場所や形を変え、無執着で自由に生きる姿を指す」と解説してある。

 この生き方は、まさに主が理想とするところだ。退職以来、何ものにも捉われることなく、仙人の様に自由に生きたいと思いながらも、いまだ惑うところが多過ぎて理想とは程遠いのが現実である。

 しかし、土を捏ね畑を耕して悠々と生きる生活は得る事ができた。

 今日は、そんな畑から梅雨の合間を縫ってトウモロコシを収穫した。

P1000051w800  草に埋もれた畑から収穫したトウモロコシ。実が、はちきれんばかりに詰まっている。

 早速茹で上げて食したが、とても甘くて美味い。生でかじってみたがやはり甘い。自然の恵みに感謝。

 もう一方の土を捏ねる生活も続いている。

 今日は鶴首を挽いた。主は、鶴首が備前の究極であると思っている。

 鶴首は難しい。擂鉢と同じようにしばらく造っていなかったのだが、なぜか急に挽きたくなった。

P1000042v800  今までいくつか作ってきたけれど満足できるものはできていない。

 唯一、作品集に載せている鶴首があるのみだ。

 鶴首を挽くには、相当集中力が要求されるから、一本挽いただけでどっと疲れを感じてしまう。

 主の技量では、鶴首はまだ無理なのかも知れない。

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2009年7月 2日 (木)

半夏生

 今日は「半夏生」。農業には重要な節目の日だ。この日までに田植えが終わり、苗が根を張る頃とされる。そろそろ梅雨明けも近くて集中豪雨があるのもこの頃だから、この日までには植えた早苗がしっかり根付いて流されることが無い様にということらしい。ある地方の農家では、この頃、田植え休みを取っていたという。関西では、苗が地面にしっかり根を張るようにとの願いをこめて蛸を食べる風習があるようだ。

 それにしても、本格的な夏に入る前の微妙な時期を「半夏生」と言う言葉を当てて意味を持たしてきた日本人の知恵には感動である。農耕民族である日本人ならではの知恵であろう。

 主は、「半夏生」という言葉が好きで、毎年、この日には話題にしてきたが、今年は、まさに梅雨の末期の集中豪雨が九州北部を襲った。先人の知恵は恐るべしだ。

 さて、今日は梅雨前線が南に下がったことから昨日までの雨もあがった。しかし、まだまだ梅雨は続くから集中豪雨には注意が必要である。

P1000033w800  落柿窯の周辺の田圃。早苗がしっかり根を張ったようだ。ずいぶん勢が出てきた。

P1000031w800  工房の横にあっる木苺の枝に絡まっている蔓状の草にこんな花が咲いている。柔らかい感じだがちょっと不気味でもある。

 

 

 

 今日は、先日の傘立てと一昨日の擂鉢の仕上げをした。擂鉢を作り出すと止まらなくなるようで、今日も新たに擂鉢を挽いた。

 しばらくぶりの擂鉢は、なぜか以前作ったものより進化したように思う。

P1000038w800  今日挽いた擂鉢も一昨日のものと同じでよい形だと思う。

 擂鉢は、単純、素朴、豪快の備前焼の代表だから、それだけに難しい。

 

 

 さて、今日の作品紹介は久々に菓子鉢にした。

P1000039w800  落柿窯作「備前輪花菓子鉢」。

 サイズは6寸ほど。焼成は全面胡麻に2つのボタ抜け。それに緋襷が付いている。

P1000040w800  高台部分。重ね焼きしたから緋襷が鮮明だ。

 周囲は窖窯特有の緋色である。

 この菓子鉢も新たに「備前落柿窯作品集」に加えた。

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